講演などの講師派遣
仲宗根 秀行(ワールド企画有限会社 専務取締役)
【取材】アスリートとスポーツを楽しむ人の架け橋になりたい

トップアスリートに憧れて、スポーツを始める。
憧れの選手が努力している姿を見て、自分も頑張ろうと思う。
このように、スポーツをしている人にはその競技を始めたり、続けようと思ったりした「きっかけ」が必ずあるはずだ。
トップアスリートの講演や教室、イベントなどを通して、「きっかけ」作りをサポートしているワールド企画の仲宗根秀行さんに、スポーツの楽しさ、素晴らしさ、そしてスポーツの力についてお話をうかがった。
<取材・文=スポーツライター 佐伯 要>
ワールド企画有限会社
仲宗根 秀行
サッカーから、楽しむことの大切さを学んだ
――――仲宗根さんのスポーツ歴を教えてください。
小学校からサッカーをやっていました。
最初は遊び半分でやっていましたが、小学校4年生くらいに地元のサッカーチームに入りました。
サッカーを始めたきっかけは、漫画「キャプテン翼」の影響です。
その当時はみんなが大空翼や日向小次郎といった登場人物にあこがれたと思いますが、僕も南葛SCのメンバーに憧れました(笑)。
僕は昔からサッカーは一人では勝てないと思っていたので、南葛SCがみんなの力を合わせて勝ち進んでいくところが好きでした。
当時の監督さんが「バナナシュート」(フリーキックなどで曲がるボールを蹴ること)が得意だったので、いつも壁に向かってバナナシュートの練習をしていました。
そのおかげで、今でもコーナーキックやセンタリングは、狙ったところにピンポイントで合わせる事ができるんですよ。
中学時代は、通っていた中学校にサッカー部がなかったため、陸上部に籍を置きながら、その地元のチームでサッカーを続けました。
高校ではサッカー部に入り、主に右のフォワード(ウィング)をやっていました。
大阪府大会では、「2回戦まで行ければ」というようなチームでした。
そして、高校を卒業した後は社会人チームに4年間ほど所属していました。
報国エンジニアリングという会社のチームで、入った頃は大阪府社会人リーグで3部でしたが、毎年昇格し、最後の年には1部に昇格しました。
――現在はサッカーの指導をされているそうですね。

私の息子が地元のサッカーチームに入団するのをきっかけに、指導者としての活動をスタートしました。
それから約8年間、4種(ジュニア)の指導をしています。
1度地区大会で優勝し、兵庫県大会に出場したこともあるんですよ。
子供たちには大きな夢を持って、とにかく楽しくサッカーをやってもらいたいという強い思いを持って、ボールを追いかけています。
――サッカーを通して学んだことは、どんなことですか?
私自身は、ほとんどが挫折の連続でした(笑)。
なかなか自分の持ち味が出せず、選手としては輝かしい成績を残せていません。
それでも腐らず続けてきたのですが、今振り返って考えると、人よりも楽しくサッカーという競技ができたのではないかと思っています。
この「腐らず続けて、楽しんだ」という経験が、指導者としてこどもたちを教えている今も役に立っています。
なかなか実力が伸びてこない子どもたちもいるのですが、そういう選手と同じ目線に立って接することができるんです。
時間を掛けてゆっくりサポートしたことで、小学校を卒業する頃には自信を持ってプレーしてもらえるようになった選手もいましたね。
――「楽しむ」ということが大事なんですね。
そうですね。
僕自身、「楽しむ」ことで今までサッカーを続けることができたのだと思っています。
楽しむことで周りが見えて、仲間の次の動きのイメージが沸いてきますし、遊び心が沸いてきます。例えば、ドリブルでフェイントをしてみたり、トラップに変化をつけてみたり、シュートの仕方を変えてみたり・・・・・・。
僕は少年サッカーのコーチとして、幼稚園から6年までを持ち上がりで指導していました。
幼稚園児にドリブル、リフティング、蹴り方は教えても、おもしろく無いのですぐ土遊びやおしゃべりをしてしまいます。
まず自分が誰よりもサッカーを楽しそうにする事で、1人、2人と徐々に一緒にサッカー(というよりも「蹴り合い」ですが)をしてくれます。
練習メニューには、常に遊び心を取り入れる配慮が必要だと思います。
ですので、ボールを使わずに、鬼ごっこなどサッカーとはかけ離れた事をやることもあります。
そうやって楽しんで、「このコーチは楽しい人だ」と思ってくれたら、コーチが言うことは楽しいことだと認めてくれます。
そうすると、最初は嫌な顔をしていた子どもたちも、最後は「もっとしたい」と言ってくれるようになりました。
この土台を作りが出来ると、地味でおもしろくない練習や身体に負荷のかかるしんどい練習、例えば坂道ダッシュや長距離走といったコーチの私の方が先に音を上げてしまうような(笑)練習も、楽しくやり続けてくれるんです。
これを6年生まで続けてきたので、上手な子や、あまり思ったようにプレーできずに下を向くことが多い子も含めて、ほとんどの子が中学に上がってもサッカーを続けてくれています。
ただ、「楽しむ」という言葉の意味はいろいろありますが、自由勝手というか、ただの遊びでやるということではありません。
相手選手との1対1でディフェンスをしていて、相手にかわされたら悔しいですし、点を取られたらものすごく悔しいですよね?
そんな「悔しい」という感情も楽しさの要素なのかな、と思っています。
――サッカーで印象に残っているエピソードはありますか?
社会人チームに所属していた時、松下電器産業サッカー部(現:ガンバ大阪)で活躍された韓国人プレーヤーといっしょにプレーできたことです。
崔徳柱(チェ・ドクチュ)さんとおっしゃる方なのですが、韓国人ながら大阪朝鮮高のサッカー部を指導されたことがあり、ベガルタ仙台のリャン・ヨンギ選手の恩師にあたる方です。
現在は、韓国で女子の年代別チームの代表監督をされていて、2010年の女子U-17W杯では韓国を世界一に導きました。
崔さんからはサッカーのプレーはもちろん、それ以外にもプロの厳しさなど、たくさんの事を学びました。
中でも印象深いのは、彼の「負けず嫌い」なところですね。
崔さんは練習試合でも紅白戦でも、とにかく負ける事を嫌っていました。
「負ければ家族が路頭に迷う。だから勝たないといけない」と話していたのを覚えていますね。
当時の日本にはまだJリーグが無く、サッカーにはアマチュア選手しか存在していない時代でした。崔さんは韓国ではプロサッカー選手として活躍されていたのですが、プロと言っても所得はものすごく低かったそうです。勝つか負けるかで、生活に雲泥の差があったと言っていました。
それを聞いて、「これが韓国人プレーヤーのハングリーさの原点なのかな」と思いました。
その当時、日本のサッカーは韓国のサッカーには勝てないなと痛感しましたね。
アスリートと、スポーツを楽しむ人の架け橋に
――ワールド企画でお仕事をされるようになった経緯を教えてください。
事務機器の販売会社で働いていたのですが、私の母が現在の会社の代表をしておりまして、微力ながら力になればと思って入社しました。
――どんなお仕事をされているのですか?

自治体や学校、企業向けに、各種講演会や講習会の講師を派遣したり、イベントを企画したりしています。
私自身もスポーツが大好きで、スポーツに情熱を燃やしながら仕事をしていますので、中でも特にスポーツイベントには力を入れています。
具体的にはマラソン大会やスポーツ教室を企画したり、アスリートを講師として招いて講演会を開いたりしています。
――お仕事をされる中で、特に気を付けておられる点は
どんなことでしょう。
わが社の仕事は、モノを作ったり売ったりする仕事ではなく、常に人と接する仕事です。
ですから、コミュニケーションを取ることには特に気をつけています。
講師や出演者の方への話し方一つでいい仕事になったりクレームになったりしますし、ちょっとしたコミュニケーションの不足などで誤解を生んだり、不愉快な思いをさせてしまったりすることもありますからね。
また、講師や出演者の方とお客さまの希望や要望をうまく舵取りすることにも気を配っています。どちらかだけに傾くと、みんなが満足する結果にはなりませんからね。
苦労や難しい点もたくさんありますが、各界の著名な方々・有名な方と身近に接する機会が多いですので、毎日が勉強になっています。
この仕事をしていて、本当によかったと感じていますね。
――今までのお仕事で、一番感動したことを教えてください。
あるマラソン大会をお手伝いした時のことです。
ゲストランナーを紹介して、大会運営をサポートしたのですが、その参加者の中に足の速い子どもがいたんです。地元の子で、「走るのが本当に大好き」というような子でした。
大会中に、ゲストランナーがその子に「君、速いね。頑張ればもっと速くなるよ」と声をかけたんですよ。
その少年はそれから走ることがもっと好きになり、努力を重ねました。
そして、後に大学で箱根駅伝に出場して活躍するほどの選手に成長したのです。
このことを聞いて、私は心を揺さぶられましたね。
――それは感動的なエピソードですね。
もしかしたら、それは何気ない一言だったかもしれません。
ですが、その一言が少年の人生を大きく変えたわけですからね。
これもトップアスリートの持つ力だと思います。
――今後、どういう取り組みをしていきたいと考えておられますか?
トップアスリートと、これからトップアスリートを目指す子どもや若者、そしてスポーツをもっと楽しみたい方、さらにはアスリートを支える支援者の方々との架け橋になれればと思っています。
一流のアスリートの力をお借りして、夢を持っている子どもたちやスポーツを楽しみたい人々にスポーツの本当の楽しさ、素晴らしさを知ってほしいですね。
マラソン大会の少年が箱根駅伝のランナーに成長したように、地域に眠っているアスリートの卵たちとトップアスリートを結びつけることが新たなアスリートが誕生するきっかけになるのではないかと思っています。
また、トップアスリートの皆さんも、時とともにいつか現役から退かなければならない日が来ると思います。
そういったアスリートの方のセカンドキャリアをサポートしたいですね。
第二の人生として講演会や教室、イベントなどで、ご自身の経験を伝える。
それを仕事として、ぜひ競技生活を終えた後も活躍し続けていただければと思っています。
※ワールド企画のホームページは、こちら http://www.worldkikaku.jp/
