ケガをしないための考え方 /西村永子
自分の身体はひとつしかない。だから、もっと大切にしてほしい。
そのために「どうすればケガを防げるのか」を考えましょう。
ケガを予防するには、自分の身体と向き合い、できることを毎日続ける。
それがなによりも大事なのです。
プロフィール

西村 永子
フィジカルトレーナー
1981年8月24日生まれ。宮城県栗原市出身。2002年東京健康科学専門学校体力科学科卒業。
在学中の2001年より日本IBMアメリカンフットボール部BIGBLUEに学生トレーナー、アシスタントトレーナーとして5年間在籍した。また2005年より東京学芸大学アメリカンフットボール部SNAILSにトレーナーとして4年間在籍。2005年から新城医院にてリハビリスタッフとして勤務している。
1.はじめに~自分の身体を大切に
●自分の身体は取り換えられない
スポーツをするうえで、準備しないといけないものには「道具」、「場所」、「自分」の3つがあります。そのうち、「道具」や「場所」はいくらでも取り換えられます。「道具」は買い換えればいいし、「場所」は変えればいいでしょう。
では、「自分」はどうでしょうか? 自分の身体は1つしかありません。生まれてから死ぬまでたった1つで、取り換えられないのです。 ところが、その身体を大切にしていない人がたくさんいます。なぜ、もっと自分の身体を大切にしないのでしょうか。
●ケガをしてから気付いたのでは遅い
多くの人は、ケガをしてから自分の身体について考え始めます。「指が一本動かないことでこんなに不自由になるのか」とか、「あのときこうしていればよかった」……と。
でも、ケガをしてから気付いたのでは遅いのです。ケガをして一番困るのは、自分自身です。チームにいてスポーツをしているときには何も感じないかもしれません。ですが、ケガをしてスポーツができなくなると、チームの中での自分の存在意義を失い、不満や焦燥感を覚えます。そうなってしまってからその気持ちを取り除くのは大変です。ですから、「ケガをしてからの自分の気持ちを、どう持っていったらよいのか」を考えるよりも、 はじめから自分の身体を大切にし、「どうすればケガをしないか」を考えた方が得策です。
どうすればケガをしないか――。ケガを予防することをいっしょに考えていきましょう。
2.ケガをしないために大切なこと
●ケガはどのように起こるのか
ケガはどのように起こるのか、そのメカニズムには大きく分けて2つあります。
わかりやすいように「水の入ったコップ」のイメージを使って説明します。
「コップ」が自分の身体、「水」は身体にたまった疲労 と考えてください。
①「コップが割れる」ことで起こるケガ
コップ=自分の身体に過度の負担が急激にかかり、割れることで起こるケガです。例えば「アキレス腱断裂」や「肉離れ」といった傷害がこれにあたります。コップが割れると水がこぼれ、疲労は一気に解消されますが、コップを元の状態に修復するには治療や手術、リハビリが必要となり、競技に復帰するまでにはある程度の期間がかかります。ちょっと欠けたくらいなら短くてすみますが、割れ方によっては二度とその競技ができなくなる可能性もあります。
②「水があふれる」ことで起こるケガ
水=疲労がコップの中に納まっているうちは、「違和感」や「張り」という不調を感じる状態ですが、水があふれると「痛み」に変わります。例えば野球のピッチャーによく見られる「野球肩」や「野球ひじ」といった傷害がこれにあたります。
「違和感」のうちはまだ無理がききますが、「痛み」になると無理がきかなくなります。それでも続けると、ストレスも溜まり、痛みとストレスで悪循環にはまります。そうなってから元の状態に戻すには、時間がかかります。
●ケガをしやすい状況に自分をおかない
こういったケガを防ぐには、どうすればよいのでしょうか。それには、大きく分けて3つの方法があります。
①コップを割れにくいところに置く=ウォーミングアップをする
ます大切なのは、コップを割れやすいところにおかないことです。
そのためには 十分なウォーミングアップをすること が必要です。
十分なウォーミングアップをしないでスポーツをするということは、自分というコップをテーブルの端におくようなものです。テーブルからコップが落ち、割れてしまうリスクが高い行為なのです。
詳しくは、第3章で説明します。
②コップの水を捨てる=クールダウンをする
次に、コップの中の水を、溜まる前に捨てることです。
そのためには クールダウンをすること が必要です。クールダウンをしないと、水がどんどんたまっていき、最後には水が溢れてしまします。
詳しくは第4章で説明します。
③コップ自体を割れにくいものにする=ケガをしにくい身体を作る
最後に、コップ自体を割れにくいものすることです。つまり、 ケガをしにくい身体を作る ということです。
ケガをしにくい身体を作るには、いろいろな方法があります。
例えば筋力やスタミナをつければ、コップの強度を上げて割れにくくしたり、コップを大きくして水をあふれにくくしたりすることになります。
また、「身体が固いとケガをしやすい」と言われます。それを改善することもケガの予防につながります。これについて、少し詳しく説明しましょう。
なぜ「身体が固いとケガをしやすい」のでしょうか。
それは、ある部位が固くて動かない分を他の部位がカバーしようとするために、余計な負担がかかったり、別の無理な動きをしようとしたりするからです。例えば足首が固い人が屈もうとすると、腰や膝に余計な負担をかけてしまい、痛める原因になるのです。
「身体が固い」というのは「関節が動きにくい」ということです。
関節が動きにくい原因は2つあります。
ひとつは、関節を動かす筋肉が固くなっている、つまり疲労が溜まっている場合です。この場合はストレッチやマッサージで疲労を取り除くことで改善できます。
もうひとつは、関節の可動域が狭い場合です。つまり関節を動かす筋肉に、脳からの命令がうまく伝達されていないため、関節が動く範囲が本来動くはずの範囲よりも狭くなってしまっているのです。この場合、「可動域訓練」という、関節を本来動くはずの範囲まで動かす訓練をすることで改善できます。ただし、関節が今まで以上に動くようになると身体全体の動きが変わるため、バランスが崩れるというデメリットもあります。ですが身体のバランスは修正できるものですので、身体を固いままにしておくよりもよいでしょう。
また、関節は他の関節と密接な関係にあります。例えば脚の場合、足首、膝、股関節というようにつながっています。ですから、例えば膝をケガした場合、足首や股関節に原因がないかと疑ってみる必要があります。原因を取り除かずにただ膝を治療するだけだと、せっかく完治してもまた同じケガが再発する危険性があるのです。
●まずは、できることから始めよう
私はこれまで、ケガをした人をたくさん見てきました。でもそれらの大半は、事前に防ぐことができたはずのものです。前項の③で述べた「ケガをしにくい身体をつくる」にはトレーニングが必要ですので、まずは①のウォーミングアップをすることや②のクールダウンをするといった、すぐにできることから始めましょう。
まずはコップをテーブルの真ん中に置き、水は溜まる前に捨てる。そうしてケガをしやすい状況から自分を遠ざけ、ケガを防ぎましょう。
●身体のサイクルを守る
ウォーミングアップをしないで急にスポーツをしたり、クールダウンをせずに急にスポーツをやめたりするのは、車の運転でいうと「急発進」「急ブレーキ」の状態と同じで大変危険です。
スポーツは日常生活と違って運動強度が高いため、スポーツをしているときは心拍数が上がり、身体への負担がかかりやすい状態になります。
ですから、 その強度に見合うような状態に身体をもっていってからスポーツをする、そして終わったら日常生活ができる状態に戻すことが大切なのです。
日常生活→ウォーミングアップ→スポーツ→クールダウン→日常生活
「面倒くさい」とか「時間がない」と言ってウォーミングアップやクールダウンを省略せず、 このサイクルをきちんと守りましょう。
3.ウォーミングアップをする
●ウォーミングアップの手順
先ほど述べたように、日常生活からスポーツができる状態に身体をもっていくために、ウォーミングアップを行います。
ウォーミングアップは、以下の手順で行います。
1. 軽いジョギング……心拍数を上げて筋肉の中の血液量を増やし、スムーズに運動に入れるようにします。
2. 静的なストレッチ……動きをつけず、筋繊維をゆっくり伸ばします。 20 分くらいかけるのが理想です。もし痛みを感じたら少し戻し、もう一度ゆっくり伸ばします。
3. 動的なストレッチ……脚を振り上げる、股関節を回すといった運動です。サッカーでよく行うブラジル体操がこれにあたります。
4. アジリティトレーニング……ダッシュなど、瞬発系のトレーニングをします。
●なにを意識すればいいのか
ウォーミングアップでは、その日の自分の身体の調子を確認しましょう。
体調は日によって違いますし、気温などの気象条件によっても左右されます。
また、その日の練習メニューによっても負担のかかり方が変わってきますので、練習メニューを把握し、「この練習があるからこの部位を特に念入りに」と意識することも必要です。いつも通りのストレッチをしたうえで、さらに重点的にその部位をプラスするなどして、走り込むメニューなのに脚のストレッチが不十分……ということがないようにしましょう。
ウォーミングアップのときに「張りがあるな」と異常を感じたり、いつもできることができなかったりしたら、それをそのまま放置しないことが肝心です。必ずもう一度ストレッチをしたり、ほぐしたりしましょう。
4.クールダウンをする
●クールダウンの手順
スポーツをした身体を、日常生活に戻すためにクールダウンを行います。
クールダウンは、以下の手順で行います。
軽いジョギング……グランド1周をジョギングする程度の有酸素運藤を行い、徐々に心拍数を整えます。
使った部位のストレッチ……血流をよくするためにストレッチをします。マッサージにも同様の効果があります。
<アイシングをする場合>
筋繊維は、運動によって損傷したり断裂したりして、炎症を起こします。これを防ぐために、アイシングをしてその部位の血流を止めます。
時間は 20 分が目安ですが、短い時間でも感覚がなくなった時点で終了してください。
また、必ずタオルなどを使用して直接肌に当てないようにしましょう。直接当てると凍傷になる恐れがあります。
●クールダウンで疲労を取り除く
クールダウンの一番の目的は、疲労を取り除くことです。
運動をすると、血液の中に乳酸や二酸化炭素といった疲労物質が発生します。この疲労物質を取り除かないと疲労として蓄積され、違和感や張りにつながってしまいます。
乳酸は、血中の酸素と結合して除去されやすい性質があります。スポーツをしているときは、心臓と筋肉がポンプの役割をして血液を運んでいます。急に運動をやめると、筋肉がポンプの役割をやめてしまい、血流が悪くなります。そこで有酸素運動やストレッチといったクールダウンをすることで心臓と筋肉という2つのポンプを働かせ、血流をよくすることで疲労物質を筋肉の中に残さないようにするのです。
●クールダウンを軽視しない
ウォーミングアップはしても、練習が終わってから「時間がない」「早く家に帰りたい」といった理由でクールダウンをいい加減にやっている人が多いのは、とても残念です。
クールダウンの不足はすぐに結果として見えることはありませんが、次にスポーツをするときに疲労や違和感、張りとなって表れます。ですから、 ウォーミングアップ以上にクールダウンに時間をかける ようにしましょう。
5.無理をしない、させない
●休むことも大事
張りがあるのに「試合に出られなくなる」とか「メンバーから外される」と無理をしてしまう人が多いと思います。 ですが無理をしてケガをしたら、試合に出るどころではなくなってしまいます。そうなっては元も子もありません。 無理をしてケガをしたら、それは自分の責任です。 無理をしないで休む勇気も必要 なのです。
●指導者にも責任がある
「無理してケガをしたら、それは自分の責任です」といいましたが、選手だけが悪いわけではありません。 ケガを防げなかった指導者にも、より重い責任があります。
まず大切なのは、 選手個人個人についてその性格含めて把握すること です。「こいつの性格からすると、これは無理をしているな」と思えば、止めてあげましょう。選手の側は、「休んだらレギュラーを外される」といった恐れをもちがちです。選手に無理をさせないために、チームとして「休む」ことへの評価の仕方を考えるべきです。
また、 その日の選手の状態を見極めること も必要です。そのためには、「口頭で聴く」、「実際に力を入れさせて様子を観察する」といった方法がありますが、一番有効なのは 「ウォーミングアップをしている選手を観察する」 ことです。ウォーミングアップ中にいつもと様子が違う選手や、痛そうな表情をしている選手がいないか、よく見てあげてください。
指導者が必要なのは技術練習の時だけではありません。ウォーミングアップが終わったころ練習に顔を出すような監督やコーチは、指導者失格といっても過言ではないと思います。
そして、目先の勝利にとらわれず、 選手の「先」を見てあげること が重要です。選手があと何年そのスポーツをできるか、ここで壊して一生を棒に振るのか――。 芽をつぶす権利は指導者にはない、 ということを肝に銘じるべきです。
選手個人のことに限らず、少しの無理がチームとして後に大きなマイナスになる可能性があります。防ぎようのない事故によるケガはともかく、無理をしたためにケガをしたという事態は防げます。選手がケガをしたときの替わりの選手のことを考えるより、その 悪い状況に陥らないために事前にできることを、もっと積極的にやりましょう。
6.最後に~ケガ予防は毎日の積み重ね
●毎日自分でできること
ケガをしたら……ということを考えなくて済むように、毎日身体のケアをしましょう。 セルフケアの第一歩は、正しい姿勢にあります。
例えば、座ったときに背中が丸くなっていたり、脚を投げ出すように座っていたりすると、腰に負担がかかります。スポーツをするときだけではなく、日常生活でも毎日正しい姿勢を心がけて生活しましょう。
●自分の身体と向き合う
ウォーミングアップやクールダウンでストレッチをすることは、筋力トレーニングのように結果が形としては見えにくいものです。それでも身体はやったことに対して、必ず反応してくれます。結果は見えづらいですが、毎日続けて自分の身体を敏感に感じる感覚を身につけましょう。
その感覚が身につくと、自分の動きを感覚でとらえることができ、自分の身体を客観的に見る、いわば「指揮官」のような視点をもつことができます。その視点をもてば、同じ練習をするのにも、やらされる練習ではなく、自分で考えて試してみる練習ができるようになります。
人から言われることだけをやるのと自分で工夫してやるのでは、明らかに差が出ます。スポーツを通してそのことに気付けば、そこからの人生がより豊かになります。
毎日自分の身体と向き合い、自分の身体を知り、どうすればいいかを工夫する ――。それは勉強と同じです。勉強をせずにテストを受けて落ちたり、一夜漬けで失敗したりしてから後悔するのではなく、毎日コツコツ予習や復習を続けることが大事なのです。
(取材/構成=スポーツライター 佐伯 要)
