エクアドルからの野球寄稿(4) 2011年12月

クエンカ(2)

この街でも、指導を続けるうちにマスコミから取材の申し込みがあり、新聞、テレビで野球教室の様子が報道され、徐々に参加者は増えてゆきました。

参加者は増え、野球教室は盛り上がりを増すのですが、ひとつ気になる事がありました。野球教室が開催されているスポーツ施設内の公園に、いつも姿を見せるものの、練習に参加せずただ野球を見つめるだけの子供たちがいました。

私は何度か「一緒に野球をやろうよ」と声をかけたのですが、いつも「いや、いいよ」との返事。「なんで?」と問いかけても“No se”(「分からない」)と答えるばかりでした。

後に、エクアドルで2年間の指導経験のある先輩に伺い分かったのですが、野球に参加しない子供たちは、施設の警備員の息子、娘たちであったそうです。

エクアドルなどの発展途上国には未だ身分差が強く残り、一般的に警備員のような職に就く人々は比較的身分の低い人々だそうです。

野球教室参加者の親たちと、警備員の家族たちは基本的に全く会話する事がなく、そこから子供たちも何となく壁を感じ取り、野球に参加しようとしなかったのです。

私はスポーツが人種や身分の差という障壁を取り去り、人々の交流を深める力を持っていると信じていますが、クエンカ滞在期間の約1週間弱、最後まで警備員の子供たちは野球に参加する事はありませんでした。

野球の練習前や練習後に警備員の家族と一緒に鬼ごっこやサッカーをやりましたが、それに野球教室の子供たちが参加する事もありませんでした。

野球の面では非常に手ごたえを感じたクエンカでの指導でしたが、それ以前の面で自分たちの無力感を味わった滞在でした。

いつの日か、誰もが分け隔てなく野球やその他ひとつの競技を一緒に楽しめる時代が来る事を願い、そのために自分にできる事を考えてゆきたいと思います。

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